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無駄な時間を過ごしている 7

朝から怒声やら騒ぎ声がうんざりするほど聞こえる。1回だけでなく、2回も連続で。やれやれ、ここらに住んでいるやつは礼儀というものを知らないのか…と言いたいところだ。…なんて、爺臭い事を考えていないで、さっさと出る準備をせねばな。
 
 
俺、アウォーは今現在、旅をしている。旅といっても魔王を倒しに行くとか、悪党を成敗するだとか、そんな大層なものではなく、ちょっとしたおつかいのようなものだ。だいたい、この世界に魔王などいないし…いや、大昔はいたらしいな。なんでも世界を滅ぼしかけたとか。まあ、そんな事はどうでもいい。大昔の話だし、俺には関係ないし。
 
 
さて、さっさとここを出よう。早く必要なものを採ってこないといけないし…。
 
「今後ともよろしくっ‼︎」
 
髪を結った赤い髪の女に料金を出して宿を出る。そして、目的の場所に足を運ぶ。歩くにつれて、どんどん木や土、自然がなくなっていく。目的の場所に近付いている証拠だ。俺が目指す場所は自然が全くないといわれている場所だから…ん?
 
…最悪だ、今まで道は一直線だったのに、今度は道が3つに分かれている。なんということだ。2つなら、もし進んだ道が間違っていたとしても一旦戻って片方の道に進む事ができるが…3つは…ないと思う。しかも、どの道も、遠くから見ているだけで複雑に入り組んでいるのがわかる。
 
「………っ。」
 
ヤケクソになって、俺は無言で水が入った試験管を地面に向かって投げた。割れた試験管からは、薬品独特の異臭がした。あ、しまった、あれは水じゃなくて水酸化ナトリウム…危ない危ない、周囲に誰もいなくてよかった。
 
 
俺は道の隅に座り、必死にどうすればいいか考えた。俺は無駄な事をするのは大嫌いだ。間違いなんて犯したくない。道を間違えるなんてもってのほかだ。
 
1回でスムーズにあの街に行くにはどうしたら…。間違いは許さない、俺のプライドが。間違うのは嫌い。間違いは無駄な事。無駄な事が大嫌い。それが俺だから。
 
「……ん?」
 
俺が歩いてきた方向から、何者かの気配が漂う。このけは…いや、この匂いは…
 
体全身が、危険信号をだしている。この吐き気がするようなあくどい甘ったらしい匂いは、昨日の…名前は忘れた。なんだったか…?容姿すら思い出せん。…まあいい、早くガスマスクを着けて数少ない茂みの中へ隠れるぞ…
 
息を潜めて、こちらへ来た人物たちを、隠れながら観察している。赤髪の女は、先ほどあの宿でみたばかりだ。何でここに…?それに昨日の…ああ、思いだした。スフレだったな。そいつもいる…。黄緑髪の女は見覚えが…
 
「えっとね、真ん中の道が近道なの!」
 
…見覚えはないが、聞いた事がある声だった。今朝、一番大声をだしていた人物と同じ声。もしや同一人物?
 
「ちょっと、本当にこの道であってるんでしょーね?」
 
「本当だよ!何回この道を通っていると思ってるの!」
 
「知らない」
 
「731回だよー‼︎あ、往復もしてるからそれの2倍になるかな?」
 
「細かっ⁉︎そして多いわ‼︎どんだけ行ったり来たりしてんのあんた‼︎」
 
「だからー…」
 
「あ、あの、早く行きましょう?時間が勿体無いですし」
 
はっ…そうだ。勿体無い……こうして、隠れてコソコソとしているのは時間の無駄だ。無駄な事は嫌いだ。
 
何故俺は無駄な事が嫌いかというと、無駄な事をする=なにかを失うという方程式が、俺の中で成り立っているからだ。なにかというのは、貴重な時間や、労働力、その他様々だ。
 
…さて、今出て行ってあいつらに道を聞くか?もしかしたら知っているかもしれないし。でも、それだと3対1で会話する事に…うむ…。
 
別に、会話は…コミュニケーションは無駄な事だとは思ってない。将来、どの職業にもコミュニケーションはかかせないものだ。だが……俺は人と話すのは苦手だ。とくに数人以上いる場合は。1対1なら昨日みたいになんとかやりすごせるが、数人以上いる場合は、必ず会話についていけなくなる、置いてきぼりになる。…話についていけなくなった時は、無駄な時間を過ごしたくないため、本を読んだり薬を作ったりしている。だが…『アウォー君って空気読めないよね』とヒソヒソと呟かれ、みんなどこかへ行ってしまう。
 
「レッツゴー‼︎」
 
黄緑髪の女は、先頭に立ち、早歩きで真ん中の道をせっせと歩き始めた。赤髪の女とスフレは、困り顔をしながらも、ついていった。
 
…道がわからないし、ついていってみるか?あの街へ向かうのかどうかわからないが。…あ、もしあいつらの行く先があの街じゃなかったら、俺は無駄な事をする事に……?
 
「行けばいいじゃない。そうやって変に考えている時間が、一番無駄でしょ」
 
「…⁉︎」
 
いつの間に、背後に何者かがいた。ネズミの帽子を被った、紫髪の少年。こいつの顔はほぼ帽子で隠れてているため見えなかった。だが妙な格好をしていた。服や帽子のあちこちに、黒い紙のようなものをぶらさげているのだ。ん?なんで俺はそれを妙だと思ったのだろうか。自分でもよくわからん。
 
「俺の事詮索するの、やめといた方がいいよ?それも無駄な事だから。」
 
…こいつは心が読めるのか?…ん?こんな出来事、前にもあったような。デジャヴというやつか?
 
「…ああ、無駄な事が嫌いな君にとって、俺は目障りだよね。」
 
少年はヒソヒソとなにかを呟き始めた。小さな声だったが、なんとか聞き取った。…『俺は目障り』…どういう事だ?
 
「…お前は、俺になにかしたのか?目障りとはなんだ。」
 
と言うと、少年はなにを驚いたのか、口をほんの少し、ポカーンと開けていた。意外だ、あまり表情を動かさないものと思っていたが。
 
「…君って案外ちゃんと喋るんだね。てっきり全く喋らない子かと思ってた。」
 
…ああ、それで驚いていたのか。……なるほど。
 
「…よく言われる。そんなつもりはないんだが」
 
どうやら俺には、無口無愛想、というイメージが定着しているようだ。初対面だった人間からも、ヒソヒソと話しているのをよく聞く。『始めて会話してみたけど、アウォー君って、無口で無愛想だから何話したらいいのかわからない、関わりにくい』と。まあ、あまり気にしないようにはしているが…
 
「…ところでお前は、誰だ」
 
「……」
 
俺は少年に名前を聞いた。すると、少年はそっぽを向いてしまい、無言の、沈黙の睨み合いが始まった。といっても、向こうの顔はほとんど見えないが。…なにを黙っているのだろう、早く俺が言った言葉に答えればいいのに。時間の無駄…
 
「…なにしてるの?」
 
「えっ」
俺が考えていた答えとは、全く違った言葉がでてきて、少々間抜けな声を発してしまった。ああ、情けない。
 
「…早くあの子たちを追いかけなよ。あの子たちは君と同じ目的地へ向かっているよ。早く追いかけないと見失う。そうすると君はまた無駄な時間を過ごす事になる。」
 
「……っ」
 
何故こいつは、俺が行く場所を知って…と考え始めたが、あの少年は自分の事を詮索するのは無駄な事、と言っていた。言葉の意味はよくわからないが、これ以上無駄な時間を過ごすなんて嫌だ。この少年の言葉を完全に信じるわけではないが、俺はあいつらの後を追った。これ以上、ここで無駄に考えても意味はないからな。無駄な事は嫌いだしな。
 
「…ありがとう。」
 
一応、お礼を言っておいた。こいつのおかげで、無駄に考えることをやめられたしな。…ああ、お礼なんて、言うのは久しぶりだな。人とあまり話さないから、言う機会がないし。
 
「………」
 
少年は黙ったまま、頷きもせずそこにずっと立っていた。俺は少し少年が気になって、視線を後ろに向かせながら走った。そしたらほんの少し見えた。少年の顔が…いや、顔というより、目が。少年の目の色は、俺と同じ、青い瞳をしていた。だが、気のせいだろうか。そいつの目は、汚れてしまったきたない海のように、濁っていた。
俺はもう少年の姿が見えないくらい走っていた。
 
 
 
 
 
 
「…なんでみんな、俺にお礼なんて言うの?やめてよ…やめてよ…。もう嫌だ…」
紫髪の少年の濁った瞳からは、瞳の色と同じくらい濁った水がポタポタと流れていた。
 
ーつづくー