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初恋の終わりの序奏曲 -愛を愛した愚者の物語ー

恋なんてくだらない、って思っていた。愛なんて軽いものだと思っていた。俺の親や俺の存在のように。でもそう思っていたのはあの子に会うまで。
 
これはあの子に出会う話と、そのちょっと前のお話。 
 
 
 

 
俺の父親は、俺が9歳くらいの頃、「他に好きな人ができた、お前らはもう用済み」なんて言って俺たちの家から出て行った。昔はあんなに仲が良かったのに、なんて浅くて儚いものなんだろう。愛情関係なんてものは。母は絶望に暗れ、俺に暴力を振り始めた。俺の顔は憎くて愛しい父の顔に似ているんだって。振るっては撫でて、振るっては撫でて、痛みと安らぎの繰り返し。撫でられるのは確かに心地よい。だけど安らぎがくればまた痛みがくる。正直怖い。けれど反抗すれば安らぎは来ない。もっと酷い日は狭いクローゼットの中に閉じ込める日もある。何回も叫んで、叫んで、声が枯れた時やっとクローゼットの中から放りだされる。正直嫌だったさ、こんな生活。だけど母さんは俺がいなくなったらきっと最悪な結末に陥るだろう。今の母さんは、父さんや職場から見捨てられている。母さんは俺しかいないんだ。だから俺は痛いのを我慢する。俺は母さんを、家族を愛しているから。
  
 
「あは、あははは」
母さんはいつも空虚に笑いながらパアンッと音をたて俺の頬を叩く。この時の俺は嫌でも「痛い」を「愛してくれてる」と無理にでも考えていた。けど自分を偽るのはバカ正直な俺にはどうにもできなくて、「痛い」は「辛い」のままで、ずっとずっと辛いままだった。嘘をつける力が欲しい。自分すら騙せるような。でも、ムリだ、そんな力俺にはない。嘘を暴く力すらもないのだから。
 
 
そんなある日、母さんは突然救われた。俺を裏切った。母さんは希望に救われた。俺は絶望に陥った。母さんは俺しかいないのだと思っていた。だけどそれは俺の自意識過剰。思い上がりだった。
 
 
 
 
 
10月10日、俺が生まれた日、だれかに「おめでとう」って言って欲しかった。俺には母さんしかいなかった。だから痛いのがくるとわかっていても、わざわざ母さんの所へ行った。言ってくれると信じていた。だけれど母さんは知らない男の人といた。母さんは俺を見つけるとゴミを見るような目で俺を見た。男の人も同じ、汚いものを見るような目で俺を見た。
 
「この子、誰…?」
「あ、ああ…実は……なの。」
「…そうか。」
母さんと知らない人はヒソヒソと内緒話をする。俺の耳に入らないくらい小さな声で。この瞬間、母さんは俺を憎くて愛しい存在ではなく自分を捨てた男の血をひいた、憎くて憎くて仕方ない存在になってしまったんだと、この2人の俺を見る目で確信した。
 
◯  ◉
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裏切った、ウラギッタ、ウラギッタ、抱いてしまった絶望と共に、母さんたちから逃げる。家の外へ急げ。痛いのがくる。叩かれる殴られる閉じ込められる。本当は許可なく家の外に出ちゃ駄目だ。母さんを独りにするとなにをしでかすかわからないから。でも…いまの母さんは独りじゃ…ない。独りじゃ……俺は今…独り?独りじゃなくなった母さんにとって俺は…頭の中がぐしゃぐしゃになってくる。痛い、頭が。なんて最悪な日。今日は誕生日なのに、いつも嫌な日なのに今日はもっとも嫌だ。
 
 
ドンッッ‼︎
 
扉からでた瞬間、ミントの青くさい匂いが漂う。痛い。でもこれはいつもの痛いじゃない。
「なあにすんのよこのあんぽんたん‼︎」
 
「ご、ごめんなさい」
 
黒い髪の、クローバーの髪飾りをつけたポニーテールの女の子が怒声をあげながは頭とたんこぶを抱えて地面に突っ伏していた。おそらくぶつかってしまったのだろう。
 
「ふん、気をつけなさい‼︎って、あんたも怪我だらけじゃない。まさかあんたも…い」
 
「あ、これは」
 
自分の今の醜態なんて気にしている余裕はなかったけど、今の俺は傷だらけなんだろう。だって、これは、母さんからの……
 
「…っ、ほら」
 
黒い髪の女の子は、俺の腕や膝を支え、包帯をぐるぐると巻き始めた。触られてるのに痛くない。なんだか不思議な感じだ。
 
「あ、ありがと、ごめんなさい、俺がぶつかったのに」
 
「別に。あんたの方が怪我ひどかったからね。でもどうしたの?そんな怪我…転んだどころじゃないわよ?体中あちこち…」
 
「…っ!」
 
「って、ええ⁉︎なんで泣く⁉︎」
 
気がついたら、目から透明な液体がでてきていた。あまりに嬉しくって、ついでてしまったんだ。優しくしてくれたことに。こらえられなかったんだ、涙が…。とまらない、とまらない。
 
「今日、誕生日、な、のに、母さん、が、知らな、人と」
 
俺の意志に反して、嗚咽とともに泣き事が吐きでてくる。本当は弱音なんて言いたくない。同情なんか嫌いだ。なのに、言いたくないのにどんどん吐き出してしまう。母さんのこと、母さんに殴られてる事。今日の事。黒い髪の女の子は、悲しそうな顔をすると俺の頭を撫でてきた。殴られるっ…‼︎ と思ってしまった。母さんとこの子は違うのに。
 
「ん。これあげるわよ」
 
黒い髪の女の子は、頭を撫でてくれた後、強引に俺の手の平に三つ葉のクローバーのアップリケを置いた。
 
「誕生日なんでしょ。じゃああたしからのプレゼント。大事にしなさいよ‼︎いいわね‼︎」
 
女の子は勢いよく俺に指差すと、猛ダッシュで去っていった。俺は頭を撫でられたら殴られるのだと思っていた。でも、きたのは暴力じゃなく、アップリケだった。アップリケを少し握ると、頬や体があったかくなった。そして頭の中であの女の子の顔が忘れられなくなった。
 
クローバーが似合うあの女の子、唯一俺に優しくしてくれたあの女の子。誕生日に、プレゼントをくれたあの子。
 
「…あの子、なんて名前なのかな?」
 
俺はあの子が気になって気になってしょうがなくなった。あの子を追いかけようとしたら、母さんだったモノに捕まってしまった。そしてまた俺は殴られた。「勝手に家を出るんじゃない。あの男に似ているあんたがでていったらまた近所からなにか言われる」と。もう頭は撫でてくれなくなり、俺を虐めながらあの男の人と幸せそうに過ごし始めた。もう愛しかった家族はどこにもいない。あはは、もういい、家族なんかいなくともあの子の顔を思い出すだけで耐えられる。…あの日、俺の誕生日以来、俺はあの人たちの目を盗みながら抜け出しては、あの子を探して探して、1年くらいかけてやっと友達になれた。プレゼントを渡したり、あの子の住んでる場所を探したり、大変だった。大変だったけどそれは辛くはなかった。…ちなみに、あの女の子の名前は…
「あんたよく遭遇するわね…なんなの?あとでもつけてんの?」
「い、いや!たまたまだぜ!たまたま!」
「はあ…まあ、あんたならいいけど」
「えっ…」
俺ならいい…⁉︎ってことは、ちょっとは好いてくれてるってことか⁉︎やったぜ‼︎
「…で、なんか用?用がないならさっさとどっか行ってくれない?あたし忙しいから」
初めて会った時と違って、意外と態度が素っ気ない。薔薇のように言葉に棘があってチクチクする。でもこの程度で折れるものか!絶対に、絶対にあの子に近付くため、一歩踏み出さなければ!
「ま、待って!お前の名前はなんていうんだ⁉︎」
「…え…いきなりなに…」
「お、教えてくれないのか?」
「はあ…?なによ。教えればいいの?…クロバよ。」
…クロバ、というらしい。クローバーが似合うから…まんまだなって感じがするけど。俺は彼女を愛するようになってしまった。愛情関係は浅くて儚いなんてのは身に染みるほどわかっている。でも俺は彼女を愛せずにはいられなかったんだ。彼女は俺に優しくしてくれたから。彼女が俺に死ねと言ったのなら、真っ先に死ねるだろう。そのくらい、愛の大きさは強いつもりだ。
 
クロバという名前をしってから、俺は何回もクロバを追いかけては一緒に遊ぶようになった。時々ウザがるような顔をされるが、素直じゃないのかな、なんて舞い上がりながらも、自分でもしつこいとわかるくらい付き纏うようになった。だって、俺なんかに優しくしてくれたから、好意を持ってくれてるのかなってずっと思ってたから。
 
 
 
 
 
 
 
 
だけど、それはまたまた俺の自意識過剰。思い上がりだったのだ。
 
俺が愛した人は、誰もが俺を見ちゃいなかった。それを知るのは、今よりもっと後、この物語の俺が大人になる頃、嫌という程思い知らされるだろう。けど、今は…
 
 
 
愛は浅くて儚いもの。それが普通で当たり前。シンデレラや白雪姫のような不幸あり難ありで成就した恋なんて綺麗なお話、架空世界だ。現実にそんな綺麗なもの存在しないのだ。まあ、そのお姫様たちもどうせいつか王子様に捨てられたり、または捨てたりするんだろうね。それを一番わかってるのは、あなただったはずなのに。本当馬鹿だね。なんて愚かなんだろう。ねえ、愚者さん、いや、アザメお兄さん。
 
 
遠く遠くから声が聞こえた。だけれど俺は聞こえないフリをした。だって、今はこの幸せを噛み締めていたいから。